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    <title>Resource キャリア＆コーチング</title>
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      <title>幸福について</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14328163.html</link>
      <description>小学生のときに母に連れられて見た一本の映画があります。高峰秀子主演の「名もなく貧しく美しく」です。神田神保町シアターで久しぶりに見ました。人間の幸福とは何かについて考えさせられました。&amp;nbsp;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&amp;nbsp;&amp;nbsp;敗戦後の焼け跡のなかで人々が必死に生きようとしていた時代が背景です。聾唖者同士で結婚した秋子と道夫の夫婦は、靴磨き、封筒張り、印刷工、ミシンの内職など、身を粉にして働きます。それでも暮らしは楽になりません。貧乏だけでなく聴覚のない不自由、世間からの偏見、子育ての失敗、刑務所帰りの弟の金の無心・・・。秋子たちを不幸が次々に追い打ちをかけます。&amp;nbsp;生まれてから何もいいことがなかった・・・絶望のあまり死地に向かおうと電車に飛び乗った秋子に、道夫は隣りの車両から窓越しに必死に語りかけます。伝える手段は手話しかありません。音のない世界で、思いのたけを込めて互いの指が激しく動きます。その懸命な姿に胸を揺さぶられます。&amp;nbsp;僕ら聾唖者はひとりでは生きられない。僕たちは、支え合わないと生きていけないのです。僕たちは夫婦ではないですか・・・・&amp;nbsp;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&amp;nbsp;戦後という時代、聾唖者という特殊な設定はテーマを鮮明にするための映画のレトリックに過ぎません。この映画は時代や設定を超えて、私たちに問いかけてくるのです。不幸とは何か。幸福とは何か。&amp;nbsp;現代に生きる私たちはこの主人公たちよりもずっと豊かです。そこそこ健康であり貧しくもなければ戦争もありません。しかし幸福ですか？と問われれば、大半のひとがNo、と答えるのが現実です。不安や不幸という心の闇を抱えたひとが大勢いるのです。秋子たちと変わらないではないですか。&amp;nbsp;主人公たちは自分が弱い存在であることを知るからこそ、互いを励まし支え合いながら生きています。耐えるように生き抜いた果てにやがてささやかな幸せが訪れます。成長した子供が母親の苦悩を理解し始めるのです。生活も少しづつ明るくなってきます。生きる、ということの原形をみる思いです。健気に生きる主人公たちに素朴に感動を覚えます。&amp;nbsp;&amp;nbsp;幸福とは、黙っていて与えられるものではありません。自分ひとりの力で勝ち取れるものでもない気がします。弱い存在である人間が懸命に困難に立ち向かい、互いに支えあいながら生きるところから芽吹いてくる一輪の美しい花のようなものではないでしょうか。不幸を深く知る者ほど幸福をより深く知ることができる、というのは味わうべき人生の真実かもしれません。&amp;nbsp;&amp;nbsp;弱い人間でも互いを支えあいながら、強く生きることができる。この映画が往時の人々に計り知れない勇気と希望を与えたことは容易に想像できます。高峰秀子さんも、夫役の小林圭樹さんも彼岸のひとになられたのは残念ですが、歳月を超えて再び私のこころに届いたメッセージは永遠のものです。&amp;nbsp;（2012.4.2)「名もなく貧しく美しく」1961年 松山善三監督 東京映画 </description>
      <pubDate>Mon, 02 Apr 2012 22:56:40 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
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      <title>リーダーの条件</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14325318.html</link>
      <description>ピーター・ドラッカーはリーダーの条件として次の３つの要素を上げています。１）高いビジョンを掲げること２）部下の能力を引き出すこと３）高い成果を出すこと&amp;nbsp;ビジョンとは、仕事の目的のことです。大きな組織ほど個人には仕事の意味が分かりにくくなります。組織の目的を分かりやすく説き、仕事の意味を伝えることがリーダーの大事な仕事です。伝道師のような創造性が求められます。それによって部下のモチベーションが高められるのです。ビジョンは「志（こころざし）」と言ってもいいと思います。&amp;nbsp;能力を引き出す、ためには部下を観察し、しっかりと向き合う必要があります。欠点や失敗をあげつらって叱るだけの上司は自分の立場しか考えない愚かなリーダーです。ひとには様々な潜在能力があります。リーダーは欠点よりも部下の持つ長所を見つけることに心を向けてください。&amp;nbsp;ひとの性格は様々であり、価値観も異なっています。リーダーになったら異なる価値観を排除することなく、逆に自分との違いを面白いと思うくらいの度量の広さを見せて欲しいものです。偏狭から生まれるのは憎しみ。広い心から生まれるのは信頼です。部下と接するなかでリーダー自身も成長することができるのです。&amp;nbsp;三つ目の条件は高い成果を出すことです。リーダーは成果を出すことを求められています。しかし仕事で成果を上げることに目を奪われていると思わぬ落とし穴に嵌ります。仕事を自分ひとりで成し遂げようなどど自惚れないことです。&amp;nbsp;常に成果を出していくリーダーは部下の力をチーム力に変える方法を知っています。そして勝ち取った栄誉を自分でなく部下に与えようとします。リーダーは、信頼という栄誉を得ることで深い満足を味わうことができるのです。部下の手柄を横取りする上司などもってのほかです。&amp;nbsp;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&amp;nbsp;&amp;nbsp;リーダーと部下との関係は子の成長を見守る親の立場、弟子の成長を促す師の立場に似ています。そう、現代のリーダーは主役（ボス）というよりも黒子なのです。共通するのはある種の「無私のこころ」なのです。相手の人間性に焦点を合わせることからサーバント・リーダーという言い方もあります。&amp;nbsp;リーダーになる者は人間性を磨くことです。&amp;nbsp;自分の部下の成長を通してチームの成果をより高いものにしていくこと。そのための仕組みを創造するアーチストでもあります。&amp;nbsp;(2012.3.31)</description>
      <pubDate>Sat, 31 Mar 2012 14:05:12 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
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      <title>気配りセンサー</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14288642.html</link>
      <description>地方の専門学校を卒業し上京してから既に8年。紅顔の少年だったE君も今ではすっかり一人前のエンジニアに成長しましたが、なぜか最近浮かぬ顔です。相談に乗って欲しい、というので近くのレストランで食事しながら話を聞くことにしました。&amp;nbsp;ボクには愚痴を聞いてくれる相手がいないのです、とE君。会社でも同僚や先輩たちとはどこか距離を置いていたE君は、愚痴の聞き役にはなっても自分の愚痴を話す相手はいなかったようです。&amp;nbsp;ガールフレンドはいないの？と私。遊び友達は出来るけどそれ以上の付き合いにはならないのだ、と言います。どうやら他人と深く付き合うことを避けることが習性になっているようです。&amp;nbsp;いつからそうなったのと訊くと、昔いじめに遭ってから他人に気を許せなくなってしまった、という答えが返ってきました。&amp;nbsp;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&amp;nbsp;E君には妹と弟がいたので親からはお兄ちゃんとして小さい子を守るように言われ続けました。だから自分を自由に表現することがいけないことのように感じたようです。それに友人たちからの苛め経験が加わり、ますます自分の本音のはけ口がなくなっていったのではないでしょうか。&amp;nbsp;レストランで話をしているうちに表情がだんだん柔らかくなってきました。「聴いてもらって気が楽になりました」とE君。&amp;nbsp;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&amp;nbsp;ひとつアドバイスさせてもらっていいかい、と私。何でしょうか、と身構えるE君。&amp;nbsp;テーブルに置いてある僕の湯呑みがさっきから空っぽになっていることに気づいたかい？ 僕の席は奥で立ちにくいので、セルフサービスのドリンクコーナーに行きたいのに行けないでいるんだ。&amp;nbsp;自分のことだけでなく、相手のために何かしてあげようと考えることも大事だよ。E君はしばらく呆然とした表情をしていました。&amp;nbsp;・・・・・そんな風に考えたことは今までありませんでした。&amp;nbsp;E君は立ち上がると私のために熱いお茶を持ってきてくれました。&amp;nbsp;&amp;nbsp;ガールフレンドを見つけるコツ、それはE君の場合相手への思いやり、気配りではないかと思います。ひょっとすると、相手が出した大事なサインを見落としていたのかもしれません。エンジニアのE君には、「気配りセンサー」の感度を磨くことだよ、と忠告しておきました。それは上司や先輩と接するとき、あるいはお客さまと接するときにも使えるコツであることは言うまでもありません。&amp;nbsp;(2012.3.3)</description>
      <pubDate>Sun, 04 Mar 2012 10:44:40 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
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      <title>夕日が見た時代</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14255065.html</link>
      <description>そこにいけばいつでも見慣れた人々に出会える。ガミガミ親父、たばこ屋のばあさん、近所のいたずら坊主ども、優しいお母さん・・・・・。現実にはそんな場所はどこにもありません。でもそんな懐かしい場所や時代に戻ってみたいと思う気持ちは、誰の心にもあるのではないでしょうか。&amp;nbsp;1960年代の暮らしを描いた映画「三丁目の夕日」がヒットしています。リタイア期を迎えた団塊世代が背景にあるのかと思いました。しかし映画館ではもっと若い世代の観客も大勢来ていて驚きました。どうやら1960年代という時代が、現代を生きるうえで何かの道しるべになっている気がします。&amp;nbsp; ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&amp;nbsp;敗戦ですべてを失った日本人はどん底から這い上るしかありませんでした。そして戦後20年目に開かれた東京オリンピックは復興の輝かしい証しでした。&amp;nbsp;私が家族と共に九州から上京したのは1959年（昭和34年）。六ちゃんが集団就職で青森から上京した時期とほぼ同じでした。&amp;nbsp;高度成長期の真っただ中でした。&amp;nbsp;便利でスマートな都市での新しい生活スタイルは人間関係を希薄化し、それまでの温かい近所同士の支え合いを無用の存在にしていきました。どこにでもあった空き地はだんだんと無くなり、締め出された子供たちは遊び場は路上や公園などに限られてしまうのです。&amp;nbsp;1970年代になるとファミコンが登場してきました。&amp;nbsp;子供が友達に「遊ぼう」と声をかけることがなく、「遊べる？」という一歩引いた言葉になったのが1970年代の半ばだそうです。近代的な都市化に目を奪われているうちに、何かを大切なもの失っていく感覚を、私たちの世代は覚えています。&amp;nbsp;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&amp;nbsp;1960年代から40年を経て大きく成長した日本経済も、アジアの途上国の経済的追い上げと高齢化のために衰退の陰りが色濃くなってきました。&amp;nbsp;衰退を避けられない憂いの時代であるからこそ、「夕日」が明日の希望に輝いていた時代がいっそう懐かしく思えるのかもしれません。&amp;nbsp;（2012.2．4）&amp;nbsp;東宝映画 「Always 三丁目の夕日&amp;rsquo;６４」&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;</description>
      <pubDate>Sat, 04 Feb 2012 11:28:25 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
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      <title>見えぬもの</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14159811.html</link>
      <description>ふいても ふいても 湧いてくる涙のなかで おもうこと ―わたしはきっと        もらい児よ―&amp;nbsp;まつげのはしの うつくしい虹を見い見い おもうこと ―きょうのお八つは       なにかしら―                      （睫毛の虹）&amp;nbsp;金子みすずが生きた大正時代。人生は明るく、かつ悲しい時代でした。それは平成の現代も本質的に変わらないはずです。ただし「豊かな時代」の現代は、悲しみが隠されている時代です。&amp;nbsp;保険や年金、人権や法律などの発達のお陰で、人生につきものの様々な不安やリスクから現代の人々は守られています。ひとの死すら日常生活から隔離されているのです。平和や幸福であることが「当たり前」という顔をしています。悲しみや不幸が巧妙に人生の表舞台から隠されてしまっているのが現代社会です。分かりにくくなっているのです。&amp;nbsp;      ＊      ＊      ＊      ＊&amp;nbsp;青いお空の 底ふかく海の小石の そのように夜が来るまで 沈んでる昼のお星は 目に見えぬ&amp;nbsp;見えないけれども あるんだよ見えぬものでも あるんだよ                         （星とたんぽぽ より抄）&amp;nbsp;人生の悲しみや苦しみは、誰のこころにもあるものです。それは分かっていても誰かさんにある悲しみや苦しみに、ひとはなかなか気づかないのです。詩人はそんな人間の弱さをそっとやさしく包み込みます。言葉の力はすごいと思います。&amp;nbsp;金子みすずは大正という時代がもたらした珠玉の感性です。自我というものがちゃんとありながら固執せず、他者への共感、宇宙との一体感のなかで相対化してしまう視点は、実に日本的な、優しさに満ちた感性だと思います。このような感性を言葉で紡ぎだして後世に残してくれた詩人に対して感謝の念を覚えるとともに、そんな人物を生み出したこの国の文化に誇りを感じます。&amp;nbsp;この感性を現代の経営（グローバルビジネス）のなかで復活できたらどんなに素晴らしいことでしょうか。合理的なマネジメントに徹しながら経済を発達させ、同時に「目に見えぬ」感性でひとの幸福を両立させる、というテーマ。突飛な空想でしょうか。それとも永遠のテーマというべきでしょうか。&amp;nbsp;（2011.10.27）参考「金子みすず童謡集」ハルキ文庫&amp;nbsp;</description>
      <pubDate>Tue, 25 Oct 2011 15:16:12 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
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      <title>転校生の視点</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14128485.html</link>
      <description>私は小学校を4校も経験しています。父の仕事の関係で九州から関東に来たためです。だから人前で自己紹介するのは慣れっこでした。&amp;nbsp;転校生はよそ者だから何もしないとイジメられます。九州弁のなまりを隠すのにしばらくは苦労しました。イジメから逃れるにはできるだけ早く仲間に溶け込むこと、それとできれば腕力か学力で相手を凌駕することです。&amp;nbsp;転校生はマイノリティであり、普通の子供以上に緊張を強いられますが、本質的なメリットがあります。それは異文化に対する適応力を身に付けられることです。&amp;nbsp;転校生は物事を複眼的に見ることができます。世の中に文化がたったひとつだけでなく、複数存在することを知っているからです。過去の生活文化に捉われることなく、新しい環境や習慣、生活文化をリスペクトしながら新しい生き方を見つけていく能力が身につくのです。&amp;nbsp;転校生という体験がなかったら私は19歳で家を出て一人暮らしする道は選らばなかったでしょうし、大学を卒業したときためらわず東京を離れる決心をすることもなかったでしょう。ましてや30歳になったとき別世界であるアメリカで生活を始めることなど夢にも思わなかったことでしょう。&amp;nbsp;    ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&amp;nbsp;&amp;nbsp;現代は社会のグローバル化が進み、世界経済という「異文化」が日常生活の隅々まで影響を及ぼす時代になりました。新しい文化の流れや現象をキャッチし、上手に適応していく能力がますます大切になっているのです。転校、転勤、職場の配置転換、転職・・・。これらは新しい環境への適応力を鍛えるいい機会です。&amp;nbsp;ダイバーシティ、というのは多様性を受け入れ、差別を排除するという現代社会が取り組む課題のひとつです。異なる価値観にも温かい目を向け、社会を構成する大事な要素として認めていく態度のことです。&amp;nbsp;男女差別、文化差別、人種差別、障害者への差別、年齢差別・・・。この世には実に様々な差別が存在しています。差別は無知と独善から生まれます。複眼的な視点を備える人間には、こうした差別意識はありません。転校生の視点はダイバーシティに繋がっている気がします。&amp;nbsp;（2011.10.5）&amp;nbsp;</description>
      <pubDate>Wed, 05 Oct 2011 13:33:33 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
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        <item>
      <title>E様 30代女性 コンサルタント</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14122665.html</link>
      <description>長い時間お話させていただき、私のなかでたくさんの気づきがありました。税所さんの数々のお言葉は、今後私にとって大切なものとなると思います。&amp;nbsp;税所さんのような上司を持っているひとたちは幸せだなあと思いました。何事も寛容に受け入れていただいて本当にありがとうございました。</description>
      <pubDate>Thu, 29 Sep 2011 14:06:03 +0900</pubDate>
      <category>お客様の声</category>
      <author>Resource</author>
          </item>
        <item>
      <title>グローバルキャリア</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14118410.html</link>
      <description>経済はとうの昔にグローバル化しているのに、多くの日本人の思考回路はグローバル化が遅れています。理由は第一に地政的環境、つまり日本が島国であること、第二に海外の重要な情報が直ちに翻訳されて取り込まれる日本語文化圏というシステムが日本人を「温かく」包み込んでいるためです。&amp;nbsp;しかし空洞化が進むなか日本企業もアジアにビジネスシフトせざるを得ません。日本のビジネスマンも、外国人と交渉したり海外勤務をすることがもはや日常になりつつあるのです。日本語文化圏だけでキャリアを築けた時代は終わりつつあります。グローバルキャリアの時代が始まっています。&amp;nbsp;グローバルキャリアとは、日本という文化圏を越えて世界と繋がることができるキャリアのことです。現在キャリアというと、日本企業に所属して形成するキャリアだけが暗黙に想定されていました。グローバルキャリアは、企業の壁を乗り越えます。自分のキャリア形成の責任を勤め先の企業に預ける時代は終わりを告げ、自分のキャリアには自分で責任を持つ時代となったのです。&amp;nbsp;  ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&amp;nbsp;グローバルキャリアを最初から目指すことです。必要な能力は外国語はもちろんです。でももっと大事なものがあります。それは自分を語る能力です。思考の言語化、という能力。その背景にあるものは私は私である、という自我意識、アイデンティティです。&amp;nbsp;私はあなたとは違う存在であり、あなたとは価値観も異なる存在かもしれない、という自覚が出発点です。地球上に人類は何十億といますが、自分と同じ存在はいないのです。その独自性こそかけがえのないあなた自身なのです。&amp;nbsp;日本の伝統文化には人間の優しさに対する美意識があります。それは仲間を大切にするという素晴らしいものです。その反面近代社会を生き抜く自我意識には弱い気がします。グローバルキャリアの中心にあるのは自分です。もう少し自己を鍛えることが必要になります。&amp;nbsp; ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&amp;nbsp;青少年のキャリア形成支援を目的として、小さな塾を始めようと思います。ささやかながら未来のグローバルキャリアを目指していくつもりです。&amp;nbsp;(2011.9.25)参考：石倉洋子さんの「グローバルキャリア」（東洋経済新報社）にインスパイアされました。</description>
      <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 12:08:41 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
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      <title>キャリア塾について</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14106365.html</link>
      <description> 中学生のための「キャリア塾」           中学生（12~15歳）を対象として、「キャリア塾」を      12月に開校します。「キャリア塾」は青少年の持つ可能性を     信じ、自律性と自発的な行動を促進し、よりよい将来のキャリア     を形成することを支援する塾です。          「キャリア塾」は冬休みと春休みの期間を利用して、1回2時間、     全8回行います。（参加費は4千円です）     コミュニケーションスキル、自己を磨くこと、社会力の３つの領域を学び、     実践しながら将来のキャリアについてしっかりした考えを持てるように     指導いたします。クラスは少数（6~8名）です。&amp;nbsp;          キャリア塾は大学に合格するための塾ではありません。なぜ大学で     学ぶのかについて考え答えられる人材を育てるための塾です。&amp;nbsp;     大事なのは知識ではありません。自分で考える能力が身に付けば、     大学は目標ではなく、将来のもっと大きなキャリア形成のための手段     にすぎないことが理解できるようになります。&amp;nbsp;          会場    キムラヤ文具3F会議室 川越市新富町（丸広隣り）&amp;nbsp;     ご父兄の方々はもとより、キャリアに関心のある中高生の自発的な参加     を期待いたします。             &amp;nbsp;申込み、お問い合わせは下記の「リソース」事務局までご連絡ください。 &amp;nbsp;   メール：   reso_coach@yahoo.co.jp    電話：   &amp;nbsp; 080-5009-8215     &amp;nbsp; </description>
      <pubDate>Fri, 09 Sep 2011 13:19:48 +0900</pubDate>
      <category>キャリア塾</category>
      <author>Resource</author>
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      <title>長子と末子</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14079717.html</link>
      <description>兄弟姉妹でいうと、長子は「規範」意識が高い傾向があります。 両親からの期待に応えようという意識を幼少時代に強く意識する ためと考えられています。両親からの期待や制約から一番遠い 末子は規範よりも「動機」意識が高いのです。 &amp;#160;人間の行動原理は単純に「動機」原理と「規範」原理のふたつに 分類することができます。「動機」原理とは、~したい、という心の 欲求を行動の拠り所とするものです。 これに対して「規範」原理とは、~すべき、という外的な枠組みを 優先する行動原理です。 &amp;#160;「規範」意識が強いひとは、自己犠牲ができます。正義感が強く、 社会性に富む傾向があります。周囲の人々や状況に対して常に 意識が向いているため、客観的な状況を捉えたうえで、自分のとる べき行動を見つけることができます。 &amp;#160;「動機」意識が強いひとは、自分に忠実であろうとし、自分が好きな ことに敏感です。周囲に対する目配りに欠けるきらいはあるものの 既成の枠にこだわりが少ないだけに創造的で柔軟性があります。 &amp;#160;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ &amp;#160;兄弟のなかで次子は負けずぎらいが多い、と言われます。 このことと関係するかもしれませんが、昨年の男子サッカーＷ杯の 日本チーム（さむらいジャパン）選手２３人のうち、なんと２０人が 次子だったそうです。 &amp;#160;小さい頃兄がサッカーをしていると弟も一緒に遊びたがるものです。 最初は下手でもやっているうちにだんだん兄のレベル近くまでサッカー が上手になってくるものです。そして小学校に入学して自分と同じ歳の 子と遊ぶと、サッカーの巧さが違っているというわけです。 あの澤穂希（さわ・ほまれ）選手も、兄のクラブについて行ってボール を蹴ったことがサッカー人生の原点であったそうです。 (「アエラ」2011年8月1日より) &amp;#160;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ &amp;#160;長子か次子か末子か。生まれ育ったときの環境は、そのひとの性格 形成に影響を与えると思われます。自分の行動原理を抑えたうえで、 必要と感じたら少し修正すればいいのです。 例えば、自分は長子で「規範」意識が強過ぎる、と思ったら意識的に 「動機」原理（~したい）を取り入れるようにしたらいいのです。 逆に末子のひとは「規範」原理を取り入れる必要があるかもしれません。 要は行動原理を偏らせることなく、バランスよく修正していくことに 尽きます。&amp;nbsp; &amp;#160;（2011.8.18） </description>
      <pubDate>Thu, 18 Aug 2011 15:11:37 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
          </item>
        <item>
      <title>ターニングポイント</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14050871.html</link>
      <description>なでしこジャパンがＷ杯で優勝しました。当初の予想を覆して 世界の強豪を次々に下しながら頂上を極めた理由がいくつか 挙げられています。 震災がチームを一丸にしたとか、日本人特有の粘りの発揮とか、 パスサッカーの勝利だったとか・・・。 &amp;#160;どれも正しいと思いますが、私が注目するのは全試合を通した 「流れ」です。 なでしこジャパンは、日本の代表チームとして試合を経るごとに 成長していきました。強敵を相手にしてチームとしての経験知が 急速に高められたからです。ただし、トップを極めるにはそれだけ では十分ではありません。より上昇するために決定的に重要な 要素、ターニングポイントの存在が必要だったのです。 &amp;#160;優勝後のインタビューで「ターニングポイントは何でしたか？」と 聞かれた沢選手はすかさず、「イングランド戦です」と答えました。 予選リーグの最終戦で手痛い黒星を喫してしまったこと。 その敗北が自分たちの試合運びを反省し、試合を急ぎすぎた、 という修正点を見出すきっかけになったというのです。&amp;nbsp; &amp;#160;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ &amp;#160;ターニングポイント、とは転換点です。豆腐を作るときに入れる ニガリのような要素。それがないと出来るものも出来ず、成るべき ものも成就しないのです。 もしあそこで難なく勝ち続けていたら、なでしこジャパンは欠点を 修正することなく決勝リーグに臨み、恐らくは敗退していたのでは ないでしょうか。 &amp;#160;ターニングポイントとは挫折です。自信をくじく悔しい失敗であり、 眼前に立ちはだかる高い壁です。 でもそこでくじけていてはその先にある本当の勝利にたどり着き ません。 &amp;#160;挫折や失敗に直面したとき、もう一度全体の「流れ」を振り返り、 冷静に自分を観察し直すことが大切です。この失敗があってこそ 初めて成功が得られる、というふうに考え方を変えるのです。 支えはもっと強い自分になりたい、という願望だけです。&amp;nbsp; 自己をクールに見直すことができれば、修正点は容易に見つけ られるものです。 &amp;#160;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ &amp;#160;人生には失敗や挫折はつきものです。大事なのは、それを ターニングポイントとして捉えなおしていくことです。挫折や壁を 乗り越えた先にはきっと素晴らしい成功が待っています。 なでしこジャパンは、世界の舞台でその見事な実例を示してくれた と思います。 &amp;#160;豊かな人生を味わう秘訣と、スポーツで勝利する秘訣には どこか共通点があるようです。 &amp;#160;（2011.7.21） </description>
      <pubDate>Thu, 21 Jul 2011 09:59:34 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
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      <title>老いのゆくえ</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14046943.html</link>
      <description>最近新聞を某経済紙からＡ紙に替えました。余りにメジャーに なったせいでかつてあったオピニオンの独自性が失われた、と 感じたのです。 Ａ紙に替えて良かったと思うのは、読者からの投書欄があること でした。新聞の投書欄にはさまざまな世相が現れて面白いのです。 &amp;#160;    ＊          ＊            ＊           &amp;#160;16歳の女子高校生の投書に、老いていくのが怖い、というのが あってちょっと驚きました。身近なひとびとの老いてゆく姿をみて、 自分もやがて孤独な老人になってしまうのではないか、という 不安を感じたというのです。 &amp;#160;意地の悪いひとなら、そんなのんきなことが悩みだなんて高校生は 気楽でヒマなんだなあ、などと口にしてしまいそうです。 しかしここは十代半ばの少女の立場で考えてみましょう。 恐らく彼女は、生まれて初めて人生という時間の「有限性」に 気づいたのです。 &amp;#160;ひとは誰でもこの世に誕生してから成長していくわけですが、ある ところから衰退、つまり老いが始まり最後に死を迎えるのです。 それが人生であり、誰もこれを変えることができない、というところに 人生の現実があります。&amp;nbsp; インドの王子であったゴータマ・シッダールタも、幼少のころ病人 や死を知ることで人生の無常に悩み、求道の旅に出たのでした。&amp;nbsp; &amp;#160;    ＊          ＊            ＊           &amp;#160;十代になると自我が確立してくるので、人生に関する不安や悩みが 生じるのは当然なことです。人間の精神の発達過程からすれば、 ごく健全な発達といえるでしょう。 人間はあたかも無限の生命を持ち、何でもできるのだ、という自己 万能感は子供の精神状態にすぎず、大人になるにつれて正常な 自己認識に変わっていきます。その転換のきっかけを与えるものが、 人生は有限である、という自覚ではないでしょうか。 その転換期は子供が大人になる境目でもあるのです。&amp;nbsp; &amp;#160;    ＊          ＊            ＊           &amp;#160;もうひとつ、この少女の悩みに対して付け加えておきたいことが あります。 老いは、この少女が考えているようなマイナスの部分だけでは ない、ということです。肉体的には衰退することは確かですが、 ひとの精神は老後も成長し続けるのです。最近の老人学に発達に より老人の経験知が深まっていく過程が科学的に解明されています。 &amp;#160;100歳近くになっても知的能力を発揮している魅力的なお年寄り が現に存在するではありませんか。 老いを人間の成熟という側面で見ることができれば、決して恐れる ことではなく、むしろ望ましいことであるとすら思えます。 &amp;#160;時間の有限性を変えることはできません。しかし有限性があるからこそ、ひとは自己を成長させることができるし、知恵が深化されるのです。&amp;nbsp;大事なことは、人間の可能性を信じてみることではないでしょうか。 そこから、よしこうしてみよう、という意思が生まれます。 長寿社会になった人間の未来は、決して暗いものではないのです。 &amp;#160;(2011.7.16) </description>
      <pubDate>Sat, 16 Jul 2011 12:43:17 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
          </item>
        <item>
      <title>音楽の効用</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14030551.html</link>
      <description>最近ギターを弾きはじめました。学生時代に買った フォークギターです。長い間埃を被っていたギターケースを引っ張り出してみたのです。 数えてみたら40年ぶりです。 &amp;#160;弦を張り替えてもらおうと楽器店に持ち込んだら 店員さんに「年代物ですね！」と驚かれました。 きつく張ると壊れるかもしれないので気をつけるように、 と注意されました。 &amp;#160;最初は恐る恐る弾いていましたが、毎晩練習するうちに 少しづつ指が動くようになりました。 弾いていると学生の頃を懐かしく思い出します。 ふと浦島太郎になった気分になります。 開けたのは玉手箱でなくて、ギターケースだったの ですが・・・ &amp;#160;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ &amp;#160;あの頃、つまり60年代から70年代にかけての時期。音楽は 若者にとって単なる「歌」以上のものでした。音楽は世界の 若者たちの共通言語で、ラジオやステレオセットを通して 新しい時代のメッセージを伝えていたのです。 &amp;#160;メッセージ性は特に海外のフォークソングに感じられました。 反戦の歌はもちろんですが、ごく日常のなかの情景にも 詩的な美しさがあること、人生には楽しさばかりでなく、 悲しさも優しさもあること、生きることに関する大切な メッセージを、多くの歌から学んだ気がします。 &amp;#160;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ &amp;#160;歳を重ねるにつれて感激することが少なくなったように感じます。 経験値が高まり記憶が積み重なると共に、新しいことへの 感受性が鈍って、感動が生まれにくいのかもしれません。 &amp;#160;ギターを弾くと、理屈抜きで楽しい気分になれます。アドレナリン が出ている感じで、元気がでるのです。 今夜も家に帰るとボロンボロン、ギターを弾きます。 チューリップ、かぐや姫、陽水、赤い鳥。 Ｓ＆Ｇ、ＰＰＭ、シーカーズ・・・。 &amp;#160;奥さんは内心あきれ顔。でもたまに一緒に歌ってくれます。 次は高校時代の友人を誘って、ハモってやろうと考えています。 &amp;#160;（2011.6.28） </description>
      <pubDate>Tue, 28 Jun 2011 17:00:03 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
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      <title>30の壁を越える</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/14012174.html</link>
      <description>Ｕ君は入社7年目の営業マン。30歳になったばかりです。 温厚でおっとりした性格なので交渉事やライバルとの競争 が苦手でした。先輩たちにリードしてもらってここまでやって 来ましたが、営業に自信が持てないで悩んでいました。 &amp;#160;その先輩たちもいなくなり、昨年からはＵ君が3人の若手を 指導するグループリーダーを任されています。 状況が一変したためとまどう様子がみられました。会社から の期待もＵ君にはプレッシャーでした。今までと同じやり方 ではどうにも切り抜けられない、という危機感すら感じてい ます。どうやら30歳の壁にぶつかっているようです。 &amp;#160;  ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ &amp;#160;今年初めにＵ君と話したときのことでした。 これからどうしていきたい？と聞くと、若手と話し合いしながら グループをまとめていきたい、という答が返ってきました。 おや、と思いました。今までのセッションでは自分のことだけ で精一杯でしたが、今回は後輩を束ねるという自分の新しい 役割にも関心が出てきたようです。&amp;nbsp;&amp;nbsp; &amp;#160;それから2か月たった先日、聞いてみると、後輩たちとの 話合いをきちんと実行してきたようです。3人の後輩のうち、 新入社員が一番気にかかると言います。 &amp;#160;それは入社1年目を迎えた新人君。そろそろ独り立ちすべき ときですが、なかなかひとりで営業に出られません。自信が ないようです。 君が新人のころはどうだったの？とＵ君に聞くと、遠くを見る ような目で、彼と同じ状態で不安の塊でしたね、と笑います。 そしてこう告げたのです。 「これからは私が同行してみることにします」 &amp;#160;昨年までの20代のＵ君は、恋に悩み、仕事でも営業一本に 絞り切れないでいました。先輩や周囲に対する甘えもあった ようです。 でも今は、自分は営業でやっていこうと思う、と言い切れる ようになりました。ずい分頼もしくなったものだ、と感心しま した。 &amp;#160;&amp;nbsp; ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊    20代と30代の間には目に見えない壁があるようです。&amp;nbsp; 青春期にはどこか「もの欲しげ」なところがある、と曽野綾子 さんは述べています。 「・・・進路も決まらず、異性の存在にぴりぴりし、途方もなく 思い上がったり、やたらに自信を失ったりしている。」  （曽野綾子「中年以降」） &amp;#160;そうした迷路のような20代を経てひとの精神は鍛えられ、 より人間らしくなるものなのでしょう。不確実な未来、複雑な 現実というものに対して、脅えたり逃げたりすることなくそれ なりに受け入れていく能力。すぐに白黒で決着したがる心を 抑えて、世界には善だけ、悪だけでは片付かないこともある、 ということを知ること。 30の壁を越えるものの中身は、自らの体験から学びとって いくことしかないように思われます。 &amp;#160;Ｕ君はこれからも困難にぶつかることがあるでしょう。 しかし30の壁というものはひとつ乗り越えたようです。晴れ晴れとした表情には秘かな自信すら感じ られます。 これからきっといい仕事をしていくに違いありません。 &amp;#160;（2011.6.6） </description>
      <pubDate>Tue, 07 Jun 2011 15:48:16 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
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      <title>電車の隣人たち</title>
      <link>http://www.reso-coach.com/article/13990628.html</link>
      <description>映画「阪急電車」では、電車内での出来事を媒介にして ひとびとが繋がっていくオムニバス風の物語が展開します。 &amp;#160;孫娘の送り迎えに付き添う老婦人は、嫁との微妙な関係 を抱えています。裏切った男に手痛い復讐を実行した気 の強い女性は、自分もみじめな気分を味わうはめになり ます。 そのほか、イケメン男からのDVに悩む見栄張りの女性、 入試に悩む女子校生と彼女を支える「無知でどうしよう もない社会人」男、若い男女のウブでどこかユーモラスな 恋の行方、など様々な人間模様が描かれていきます。 &amp;#160;ひとの数ほど悩みの数もあるものです。電車のなかで 見知らぬ者同士の小さなふれ合いが糸口となって、 それぞれ自分の歩む道を見つけていくというお話です。    ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&amp;nbsp;    電車のなかというのは、もちろんパブリック（公的）な空間 であり、ひとびとは互いに干渉しない、という暗黙の了解が 存在しています。 しかしだからといって、互いに完全に無関心・無関係でいいか というとそれも違うという気がします。 &amp;#160;電車のなかといえば最近ちょっとショックな経験をしました。 若い女性に席を譲られてしまったのです。確かに還暦は過ぎて いる初老男ではありますが、まだ席を譲る側の人間だと自覚 しているのです。余程疲れた顔をしていたのかなあ、と反省です。 &amp;#160;でも、見知らぬ者同士で声を掛け合う、という姿勢は悪くない と思いました。 高度成長期以降、世の中では妙に「個人」だのプライバシー だのに気兼ねして他者との関わりを避ける傾向が強くなりました。 核家族化が進みご近所同士で味噌や醤油を貸し借りすることも なくなり、他人の子供でも平気で叱りつけるご近所のガミガミ親父も いつの間にか絶滅種です。 &amp;#160;それだけに映画では宮本信子演じる老婦人が、電車のなかで 周囲に迷惑をまき散らしながらおしゃべりに夢中になっている オバチャン連中に厳しくお説教をするシーンが圧巻でした。&amp;nbsp; &amp;#160; ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ &amp;#160;映画も楽しくてよかったですが、これからはパブリックな場で ひとびとがもっと声を掛け合えるようになればいいと思います。 健全な常識の範囲ということであれば、互いに声を掛け合う ことはおおいに結構なことです。 大都市の無関心社会には時に「適度な干渉」というスパイス も必要なものです。社会の成熟という気がします。 &amp;#160;話は飛びますが、核家族化と地域からの孤立を招いた反省 として、近年は閉ざされた建築から隣人に開かれた建築に、 という新しい潮流が生まれているとのこと。 若者の閉じこもり、高齢者の孤独死など、私たちの住む 社会が直面する深刻な問題への取り組みが建築家たちからも始まっているようです。 &amp;#160;今回の大震災がいい意味できっかけになってくるのかも しれません。私たちは隣人たちとの「つながり」の大切さに改めて気づくのです。閉ざされた「個人主義」から、開かれた「個人主義」 という方向に、風向きが変わる予兆のようなものを感じます。 &amp;#160;（2011.5.16) &amp;#160;映画 「阪急電車 片道15分の奇跡」 監督 三宅喜重&amp;nbsp; </description>
      <pubDate>Mon, 16 May 2011 21:53:46 +0900</pubDate>
      <category>コラム</category>
      <author>Resource</author>
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